LHC, 今年はここまで


水曜日の夕方、12月16日、18:03に今年のLHCの運転は無事終了しました。11月から始まったビームを使ったcommissioningは大変調子よく進み、900 GeVでの衝突に成功。また、加速の試験も行われ、2.36 TeVの衝突にも成功して4つの実験は最高エネルギーのデータを収集することができました。最初の衝突がおこなわれた11月23日から12月16日までの間は、加速器のテストや調整をやる時間と安定なビーム衝突をやる時間と交互にあって、けっこうな量の衝突データを取ることができました。 Bunch currentは10^10p程度で、bunch数も最大16ずつ入れただけですが、30-40 mbというppのcross-sectionは大変大きいもので、ATLASは900 GeVで約900k、2.36 TeVで約30k の衝突eventsを記録しました(beam-gasやらbeam haloやら宇宙線を含めるともっとある)。

この中にはビームの安定性が保証されていなくてsilicon trackerやmuon chamberがstand-byなデータも含まれていたり、一時的にsolenoidやtoroidがoffになってしまったデータがあったりしますが、けっこう楽しめます。今のところpi^0が見えたり、K^0_sやらLambdaが見えたりとかいう教科書的な昔なじみの粒子に新しい測定器で再会してるようなものですが、測定器の理解や調整の材料、測定器運転のための山ほどの経験など大変貴重な数週間だったと思います。昔なじみといえば、20年近く前にLEPでおなじみの、月(と太陽)の引力による地殻の変形(潮汐)が起こす加速器リング周長の変化の効果がLHCのビームでも見られたそうです。それはともかく、Public に公開された "ATLAS Preliminary" プロットが数十ありますが、そのうちのいくつかをピックアップすると次のようなものになります。 ( 親ページは https://twiki.cern.ch/twiki/bin/view/Atlas/AtlasResults )

2008年9月のアクシデント以来の14ヶ月という 「猶予」期間の効果は かなり大きなもので、Detector/DAQ のオペレーションのスタビリティーは ATLAS というシステムの複雑さを思うと信じられない程に高く、また各種モニタリングの feedback の早さ、観察対象の的確さも非常にレベルの高いものでした。取り扱う対象としては狭いものであるが、あることに集中して仕事をしてきたプロだけがやれる技、というのを幾つか見たような気がします。こういうのは大きなコラボレーションで実験をやる最大の利点でしょう。そして 2,900人という大コラボレーションの中でも、本当に意味深いそれらの成果にはスポットが当たり、高い評価をされる 、なかなか良い "ゲーム" になっています。日々、高いモチベーションを持って 多くの人間が この first データを触り、 迫力のある Preliminary plots が 続々と出てきています。

LHC実験の3要素は加速器、測定器、そしてコンピューティングです。2009年11月20日以降にATLAS の記録したデータはビームピックアップ、宇宙線を含めて総計約 50M events、0.2 PB に上り、CERNの計算機センター(Tier-0)に保存されるとともに、全世界に散在する地域センター(TIer-1, 2)に分配されています。データ収集から8時間程でTIer-2までイベント再構成の済んだデータが到着し、早速解析が始められるという様子が見られる等、データを分配・解析するためのグリッドシステムを長い年月かけて整備してきた甲斐があった様です。とはいえ、全てが順調に進んだわけではありません。このLHC最初の衝突データにはアクセスが殺到する事が見込まれたために、当初計画よりも多くの複製を作りより多くの地域センターでアクセス出来る様にしよう、ということで、予定を超えるデータを流したために、渋滞が発生したりサーバーに過負荷が生じたり、と日々何かしらの問題が見られ、データ分配システムのチームと地域センターの人々はその原因究明と対処に追われていました。LHC加速器や各検出器は冬眠モードに入りますが計算機は休みません。Tier-0では改良したデータ較正とイベント再構成の結果を確認する作業が進められ、その結果のデータはまた全世界に向けて送出されています。この結果が確認され次第、全世界に分散配置された全データにデータ較正とイベント再構成を改めて施すための準備が進められています。冬休み期間中もこれらの状況を監視する要員が適宜配置されており、より多くのより良い preliminary plots を生み出すための努力は、その plots を作る解析をしている当人は勿論、多くの人員によって続けられています。

12月19日からCERNは冬休みに入り、休みが明けるのは1月4日からです。2010年のLHC ビームのスタートは2月中旬だそうです。それまでに、Quench protection systemを完成させて(ソフトウエアや少々のハードウエア修理など)高いエネルギー、つまりLHCの電磁石に大電流を安心して流せるようにする作業があります。CMSには冷却水配管のリーク問題があるんだそうで、これもこの時期にやっつけます。

因に、12月12日 金曜日(今日)CERN加速器と実験の報告をやるセミナー(Jamboreeともいう)がありました。  Agenda : http://indico.cern.ch/conferenceDisplay.py?confId=76398

LHC eraへのphase transitionは、どんどん進んでいる感じです。

というわけで、来年は、もっと高いエネルギーで、もっと高いルミノシティーで、もっと長期間のランがとても楽しみというわけです。

その他の参考:


石野雅也(KEK)、川本辰男(東大ICEPP)、上田郁夫(東大ICEPP)