ヒッグス粒子のお話【第5回】

本日7月4日、ここCERNにおいて、ヒッグス粒子に関するセミナーが開かれます。この中では、今年2012年に取得したデータを用いて行ったヒッグス粒子探しの結果について報告がされる予定です。今年はまだ半分過ぎたばかりなのですが、実は既に去年一年間に貯められたデータと同じ分だけのデータが貯められています。
そこで、一度中間まとめとしてヒッグス粒子探しについての今年の結果を、皆さんに報告しておこうという趣旨で開かれるセミナーです。難しい数式こそないものの、一目見ただけではよくわからない図やグラフがたくさん出てきます。今のうちに少しでも見慣れておいて、本番に備えましょう。

さて、第三回まで、ヒッグス粒子ガンマ線2本に崩壊するような壊れ方を探す方法についてお話しました。その中で少しだけほのめかしましたが、ヒッグス粒子というのはガンマ線以外にもさまざまな崩壊の仕方をします。今は一刻を争ってヒッグス粒子を探している最中ですので、それらをみすみす見逃してしまうのはもったいないです。そこでそれぞれの崩壊の仕方について、きちんとヒッグス粒子の痕跡を探すような解析が行われています。今回はその中でも、「ガンマ線2本」法に次いで簡単な、「レプトン4本」法についてお話したいと思います。

前回のエントリーで、素粒子というのは似た性質ごとに幾つかのグループに分けられるというお話をしました。例えば電子と似た性質を持った素粒子にはミューオンというものがあります。重さが違う以外はほとんど同じようなものですので、よく電子の兄貴分に例えられます。この兄弟をまとめて「レプトン」と呼びます。(実はこの上にさらに「タウ」という長男がいて三兄弟になっているのですが、このタウはあまりにも重すぎて、実験的な観点からは扱いが異なってきてしまいますので、ここでは単純に電子とミューオンのみを考えておきます。)
先ほどの「レプトン4本」法というのは、ヒッグス粒子が4本のレプトンへと崩壊する様子を捉えてヒッグス粒子を探してあげようというものなのですが、そこに行く前に、もう一つだけ素粒子のグループを紹介しておかなくてはいけません。

素粒子物理学は、文字通り素「粒子」を研究する学問です。そのため、ありとあらゆるものを「粒子」と考えて計算を行います。「力」でさえも例外ではありません。例えば電気を司る「電磁気力」も、光の粒が媒介して力を伝えていると考えます。この「力」を伝える粒子の一群を、「ゲージ粒子」と呼びます。この中には、「強い力」というものを伝える「グルーオン」という粒子や、「弱い力」というものを伝える「W粒子」や「Z粒子」といった粒子が含まれています。
「強い力」と「弱い力」というのは、別にこのブログ向けに簡単にした表現ではなくて、きちんと専門用語として定義されている言葉です。どちらも素粒子の世界くらい小さな範囲でしか働きません。なので私達が普段の生活の中で気にすることはありませんが、素粒子の世界ではむしろ主役になる力です。そしてその力は「W粒子」や「Z粒子」が飛ぶことによって運ばれていると考えています。力を媒介するのが「粒子」というのは感覚的には理解しづらいものだと思いますが、実際このような考え方で計算を行うとさまざまな現象が上手く説明できることが分かっていますので、おそらく極微の世界は本当に粒子達が飛び回る楽しい世界なのでしょう。



さて、「レプトン4本」法の話に戻りましょう。
ヒッグス粒子の崩壊の仕方の一つに、「ヒッグス粒子がZ粒子2つへ崩壊する」というものがあります。 そしてそれぞれのZ粒子はすみやかにレプトン2本へと崩壊して、計4本のレプトンが生まれます。「ガンマ線二本」法と同じようにこれらのレプトンの向き・エネルギーを組み合わせてあげると、ヒッグス粒子の質量を計算することが出来ます。
陽子同士の衝突からは、ヒッグス粒子以外にもレプトンが4本出てくるようなことが起こりますが、これらバックグラウンドについては、4本のレプトンを組み合わせてもヒッグス粒子とは無関係の重さになってしまい、分布もなだらかに散らばりますので、ヒッグス粒子からのものと区別することが出来ます。つまり、レプトン4本から計算した質量の分布を作ってあげて、その中に「コブ」があれば、それがヒッグスだということになります。レプトン4本を使う以外は、すべて「ガンマ線2本」法と同じようなやり方です。

さて、去年の結果を見てみましょう。

これがなかなかの難物です。ヒッグスが作る「コブ」というのはすぐには分かりません。黒丸が実際に測定したデータ点、赤で描かれているのは先ほど述べた「バックグラウンド」の形になります。(水色・オレンジ・ピンクはヒッグスのシグナルがもしあったらこのくらいになりますよ、という予想の絵です。)このバックグラウンドの上にこんもりと山のような形が見えたら、それがヒッグス粒子由来のものになるのですが、、、この図ではまだ黒丸がばらばらでよくわかりません。
ガンマ線2本」法では、125GeVのあたりにヒッグスの兆候が見えていました。この図でもそのあたりを見てあげると少しだけ黒丸がいるようですが、たまたまそうなっただけにも見えてしまいます。どうやらもっとデータを貯めて黒丸の数を増やしてあげないと、結論を出すことは出来なさそうです。もうすぐセミナーで明かされるであろう今年の結果に期待をしておきましょう。


もう一つ、とても大切なグラフを紹介しておきます。
去年ヒッグス粒子の兆候が見えた時、新聞・テレビ等で、「99.98%の確率で発見をした」という表現をしました。先ほどの図からも分かるように、データ点の数は限られていますので、必ず数のフラつきというのが存在します。コインを投げた時、裏が出る確率と表が出る確率は厳密に同じです。ところが例えば10回コインを投げたとすると、表が出る回数は4回だったり6回だったりまちまちにフラつきます。同じようにヒッグス粒子探しでも、予想では3個いるはずなのに、たまたま4個のデータ点がいたり、はたまた1個だけしかいなかったり、ということが起こります。
もし125GeVにデータ点が多めに出たりしてしまうと、それは偽物の山を作ってしまいます。このようなことが起こる確率を計算して、それを100%から引き算してあげたのが先ほどの数字です。つまり「たまたま」データ点のフラつきで125GeVに山が生まれてしまう確率は0.02%でした、ということになります。データのフラつきで出来た山は偽物ですので、この確率が小さければ小さいほど間違いの可能性は小さくなります。

素粒子物理学で「発見」を主張するためには、この「たまたま間違える確率」が0.00003%以下でなくてはいけないという取り決めがあります。この「たまたま間違える確率=0.00003%」の基準はとても大切なラインですので、研究者はこれを「5σ(しぐま)」と特別に名前をつけて呼んでいます。
さて、この「たまたま間違えている確率」を計算したものが以下のグラフです。

縦軸がたまたま間違える確率、横軸がヒッグス粒子の重さを表しています。今は125GeVだけを考えればよいのでそこを見ておきましょう。右側の縦軸を見てください。ここには、先ほど述べた「σ」の数が書いてあります。去年の結果を表したこの図の中にはまだ「5σ」は現れていませんが、今年はきっとそのくらいまでグラフが伸びるはずです。もし図中のグラフ(実線)がそれよりも下に行けば「5σ」の基準をクリアしたことになり、晴れて「ヒッグス粒子発見」を主張することができます。もしそれに届かなければ、まだもう少しデータを貯めてフラつきを少なくしましょう、ということになります。この場合、「ヒッグス粒子発見」はまたしばらくお預けです。

さて、もうすぐセミナーが始まります。果たしてアトラス実験、そしてそのライバルであるCMS実験が、果たしてこの5σの基準を超えられるか、そこに注目して結果を待ちましょう。

それでは。

セミナーのwebcastはこちらから見れます。

今回引用した図・グラフは、こちらの論文から引用しました。

Phys.Lett. B710 (2012) 383-402
arXiv:1202.1415

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佐々木・山口