ヒッグス粒子のお話【第1回】

2011年末、CERNヒッグス粒子発見か?ということで湧き上がりました。日本でも幾つかのメディアに取り上げられたのでご記憶の方もいらっしゃると思います。
その時の結論は、
ヒッグス粒子発見の兆候は見えました。でもまだ間違いの可能性が少し残っています。2012年にさらにデータを貯めるので、それを使って解析をもう一度やって、それから最終結論を出しましょう」
ということでした。ですので、今年のいつかには(少なくとも)去年見えた兆候が正しかったのかについて結論を出す予定です。もし正しければ、科学者たちが約半世紀も探し続けた粒子の発見になりますので、物理学界隈ではちょっとしたお祭り騒ぎになると思います。きっとテレビ・新聞等でもニュースにもなるでしょうから、みなさんもぜひその輪に加わっていただきたいと思います。そしてその時に、ヒッグス粒子とは何なのか、どうやって探したのか、という知識を持っていると、より一層深い味わい方が出来るのではないでしょうか?
そんなわけでこれからしばらく、回を分けて少しずつになりますが、出来るだけ簡単に(高校生くらいを対象に)ヒッグス粒子についての説明をしていきたいと思います。よろしくお付き合いお願いいたします。

さて、初回の今回は、実験自体のおおまかな全体像を説明いたします。
途中難しい語句が出てきますが、これらは後で回を改めて順々に説明をしていこうと思っているので、今はまだそういうものなのかと思っていただければ結構です。例えば私たちが研究しているのは素粒子物理学という、「素粒子」を対象にした学問なのですが、この「素粒子」をイメージしていただくことさえ中々に難しいのです。「素粒子とは物質の最も基本の構成要素で、つまり原子も分子も人間も地球もこの素粒子でできている」と言ってしまえば簡単なのですが、実はこの素粒子達は真空から生まれ、気がつくとまた崩壊していなくなってしまう、といったように、常識では考えられないような不思議な性質を持っています。「ヒッグス粒子」はその素粒子ファミリーの中でも特に変わりダネですので、みなさんにうまくお伝えできるよう頑張ります。

さてまず、私たちがいる研究所ですが、スイス・ジュネーブ郊外にある、「CERN(セルン)」というところになります。ダン・ブラウンの著書で映画にもなった「天使と悪魔」の冒頭で登場する研究所です。(詳しくは、早野先生のサイトを参考にしていただくのが良いかと思います。)南はモンブランを眺めて、北はジュラ山脈に囲まれた風光明媚な研究所です。何千人もの物理学者がここに集まって研究をしていますので、さながら物理学者の村のようなところになっています。

その地下には、「LHC(エル・エイチ・シー)」と呼ばれる巨大加速器(右写真の赤線)が建設されて、すでに稼働を開始しています。写真から分かる通り、町一つが収まるほど巨大なリング状の装置です。この装置は、「とてつもなく速い陽子ビーム」を作ることを目的として建設されました。「陽子」というのは、水素原子から電子を剥ぎとって残った「核」のことなのですが、これをほぼ光の早さにまで加速してあげます。
そのままではせっかく加速した陽子はすぐにどこかに飛んでいってしまいますので、LHCのリング中でぐるぐる回してあげます。
それが終わったら次にもう一本、また別の陽子を用意してあげて、反対方向にぐるぐる回してあげます。

ものすごい速さでぐるぐる回る陽子が二本。すると次にやってみたくなるのは、その二つをぶつけることです。とても小さいとはいえ(むしろ小さいからこそなのですが)、衝突の際にはものすごいエネルギーが小さい領域に集中します。その領域は、ビッグバンで宇宙が誕生した直後に近い高エネルギー状態になっていまして、現在の宇宙ではほとんど起こり得ないようなことが起こる可能性があります。

その中の一つに、「ヒッグス粒子が生まれる」というのがあります。「高エネルギー状態だとなんで粒子が生まれて、それが宇宙の誕生直後となんの関係があるの?そもそも高エネルギー状態ってなに??粒子が生まれるってどういうこと???」と頭上にはてなが飛び回るかもしれませんが、今はそういうものだと思っておいてください。とにかくエネルギーをつぎ込むためだけに、LHCはひたすら陽子を速く回すことに注力していて、現在のところ、そして今後何十年も引き続き、人類史上最高の高エネルギー状態を作る装置として活躍する予定です。

ヒッグス粒子についての説明はまた回を改めて書くことになりますが、私たちの身のまわりに転がってはいないヒッグス粒子というものがもしかしたらーそれだけ特殊な状況になったらーぽっと生み出されてしまったりするかもしれないわけです。

さて、ではそうやって生み出された(かもしれない)ヒッグス粒子を、どうやって「見る」のでしょうか?
実はヒッグス粒子というのはすごく不安定な粒子です。ごく短い間に他の粒子へ壊れていってしまいますので、例えば顕微鏡で見るなどということは出来ません。ですから、折角ヒッグス粒子ができたとしても、確かにできたとわかるのはとても難しいことなのです。

ではどうするかというと、「壊れた粒子」の方を見てあげて、その壊れ方の様子から「あ、ヒッグス粒子が壊れたようだな」と推定してあげます。

花瓶を想像してみてください。
花瓶をハンマーで横から殴るとバラバラに割れてしまいます。でも割れた破片から、もとが花瓶だったということはなんとなく分かります。破片を残らず集めてあげると、もとの花瓶の重さも分かります。壊れる前が複雑な絵柄だったとしても、破片を根気よく組み上げていけば再現できますね。破片の散らかり方をみれば、どんなハンマーで、どれだけ勢い良く、どの方向から叩いたか、といったことすらも推定できるかもしれません。

ヒッグス粒子の見つけ方も同じです。直接は見れなくとも、壊れ方や壊れて出来た粒子の様子を見れば、ヒッグス粒子の手がかりが見つかるのです。

とはいえ残念ながら、実際にはものすごく手のかかる解析作業が必要になります。そしてその解析をはじめるためには、なによりもまず「壊れた破片を残さず見つけること」が必要です。もちろん単に見つけるだけではなく、その壊れた破片の情報(何が、どのくらいの速さで、どの方向に飛んでいったのか?)というのを正確に調べて記録しなければいけません。これがまず第一です。

そのために作られたのが、「ATLAS(アトラス)」と呼ばれる巨大な検出装置です。

全長44m、太さ22m、重さ7000トンという、ビルのように大きなこの検出器は、陽子と陽子が衝突する点をぐるりと取り囲むように作られていて、衝突後に出来る粒子を捉えて記録していきます。極微の粒子を対象にした機械が逆に巨大になってしまうというのは、なんとも皮肉な話です。

ここでいう「粒子」というのは、どんな分子・原子よりも小さな「素粒子」のことを指すわけですが、そんなに小さいものを「目で見る」ことはまず不可能です。さらには崩壊して出来た粒子というのは通常光の速さと同じくらいの超高速で動いていますので、ゆっくり調べることも出来ません。

ではどうやって破片集めをしているのでしょうか?
ーーー人類の叡智が結集しているのはまさにこの点です!
「見えないものを見てやろう」というのは素粒子物理の発祥以来、最重要の課題の一つでした。そして百余年に渡る技術革新の末、様々な方法が編み出され、改良されてきました。素粒子物理学の歴史は、検出器の歴史といっても過言ではないでしょう。その集大成の一つが、私たちのATLAS検出器です。
この巨体には、様々な粒子を、その特性を生かして捉えてあげるような各種装置がぎっしりと詰まっています。

次回はまずその中の一つ、ガンマ(γ)線を捉える、電磁カロリメータから説明していきたいと思います。
(佐々木・山口)