回った!当たった!観測した!

というわけで、3月30日に予定どおり、3.5TeV+3.5TeV=7TeVの実験が始まりました。同じ日の午後に各国のメディアに対して記者会見がおこなわれました。このブログにも書いてあるように、すでに3月19日に2つの逆方向のビームを3.5TeVまで加速することには成功していたわけで、後はぶつけるだけという感じですが、その前にこの高エネルギービームの性質を詳細に測定したり、理解したり、加速器のいろんなパラメータを決定したりなどの作業がおこなわれていたわけです。

と、さらっと書きましたが、「予定どおり」とか「各国のメディア」とかの組み合わせはちょっと大変です。CERNは、7 TeVの衝突がおこったら記者会見をすると予定していました。加速器の進捗状況を考慮して、3月30日を最初の7 TeV衝突の日と決めたのですが(それまではぶつけないとも決めて)、大胆なことに、一週間前の3月23日に世界中の興味を持っているメディアにその日の招待をしました。Live web broadcastも準備しました。まるで、野球漫画の中にだけ存在すると思われる予告ホームランみたいですね。予告しといて空振りするととてもかっこ悪いわけです。

一方、LHC加速器もATLASなどの測定器も、世界に一つしか無い、とても複雑なシステムで、スイッチいれればあっさり動作するというものでもありません。実際、LHCは加速に成功した後もいろんな部分が故障して修理したり、よくわからない現象を理解するために手間がかかったり、いろいろ障害があったようです。それでも前日の3月29日の夜中にはビームは快適に回っており、いよいよ3月30日の早朝4時ころから、ビーム衝突をするための設定でビームの入射を始めました。6時から加速を始めたけれど、この期に及んで加速の途中でビームが失われてやり直し。 8時からの2回目の試みも同様に失敗。3回目にやっとうまくいき(2 ストライクに追い込まれてから、てとこか)、13時ころにめでたく安定なビーム衝突にこぎ着けました。まったく、うまくいってほんとに良かったと思います。

一方、衝突事象を待っているATLAS測定器も油断なりません。衝突は起こったけど何かのトラブルでデータがとれなかったりすると、とてもかっこ悪いです。じゃ実際に、どんな感じだったか、現場にいた一人である名古屋大学高橋さんの証言を見てみましょう(ここまで 川本(東京大学))。

名古屋大学の高橋です。
それではここから、LHCが予告ホームランを打って嬉々としてベースを駆け回っていたときのアトラスコントロールルーム (以降、ACR) の様子をお伝えします。

ビーム衝突前夜、午前 00:00

私は今週、TGCのオンコール (on-call) シフターでした。平たく言うと、TGCの電話相談窓口です ( それも、24時間受付!)。この日、そろそろ寝ようかと思いかけたちょうどその時、電話のベルが鳴ります。電話の主はステファニーというお姉さん。

  • 私「Hello, TGC oncall expert」
  • ステファニー「Please come to the ACR in case of any problem with TGC

徹夜してTGC のおもりをしていてちょーだいという訳です。LHCの当初の予定では、午前 3:00 から陽子ビームの加速を開始し7:00 には 7TeV での初衝突を目指していましたので、この重要な時間帯は窓口をオープンにしておいて欲しいというわけです。OK と、二つ返事をしてACRに直行、徹夜決定です。

ビーム衝突当日、午前 01:00

ACRに来たものの、朝まで問題は起こらないだろうと、タカをくくっていた矢先の午前01:00。TGC の読み出し系統の一部が問題を起こして、データ処理が途中で中断される事件が発生しました。推測の域を出ませんが、おそらくビーム由来の大量の粒子が検出器を襲い、読み出し系統がギブアップしたものと思われます。早急に応急処置をして戦場に復帰させました。ステファニーや、シフトリーダー(データ収集の陣頭指揮者)達の白い目が気になり出します。口で言わずとも、目が物語っている。こっちを向いて、「TGCよ、こんな状態でビーム衝突を迎えることができるの?」と呟いているかのよう...。

ビーム加速開始、午前 08:00

01:00 の問題以降、TGCは何の問題もなく動き続けています。私は大分眠くなってきましたが、TGC検出器が確かにビーム衝突を捉えるまでは、寝る訳にはいきません。そうこうしているうちに朝5:00 頃、徐々に人が集まってきました。朝6:00 には、ATLASスポークスパーソンのファビオラもやってきます。この頃には、せまい ACR にざっと50 名くらいの研究者が来ていました。かなり多いです。そして朝8:00、LHCが静かに陽子ビームの加速 (450GeV -> 3.5TeV) を始めます。徐々にエネルギーが上がっていきます。と同時に、緊張感も高まってきます。

ビーム加速完了、午前 09:00


午前9:00頃、ようやく加速を完了しました。ビームエネルギーは3.5 TeV。...さて、いざ衝突!と思った矢先、今度は加速器の電源系統にトラブルがあって、これまで回していたビームは捨てて(ダンプする、と言います)、一からやり直し。皆、がっかりです。ため息が漏れます。再び 3.5 TeV に持ってくるまでには2 時間以上もかかるので、先に昼ご飯を食べにレストランに向かう研究者が後を絶ちません。30人31脚の如く、足並み揃えて動くのは本当に難しいことなのです ...。

そして3.5TeV + 3.5 TeV 初衝突、午後13:00

再び10:00 過ぎからエネルギーを上げ始め、13:00 前には 3.5 TeV にまで上がりました。ACR では多くの研究者が固唾を飲んで衝突の瞬間を待っています。しばらくして、CCC (CERN Control Center) から電話がかかってきました。ACR はシーンと静まり返る。

  • シフトリーダー : 「Hello」
  • CCCの人 : 「?????(もちろん、分からない)」
  • シフトリーダー : 「... あと10秒(で衝突だ)」

ACRは一瞬のうちに緊張に包まれ、とある人は秒読みを始めます「10,9,....3,2,1,...」。僕の横にいたお姉さんは、「LHCの10秒は、本当に10秒なの?それとも数十秒なの?」と冗談を飛ばしていました。

ACRの前面の壁には、プロジェクターによって映し出された各種モニターがあります。皆の視線はそのうちの一つに集中しています。そこには衝突点付近における XY 平面(ビーム軸に垂直な平面)のどの場所をビームが通過したかが示されています。最初、2つの異なる点が描かれていましたが(お互い反対方向に回っているビームの通過地点)、その点は徐々に近づいていき、そのうちに重なります。
そして次の瞬間、やはり前面の壁にあるイベントディスプレイに、目で見て明らかな、そして非常に鮮やかな衝突イベントが映し出され、ACR は一瞬のうちに歓声で沸き返りました。皆、隣にいる人同士で抱き合って、喜び合っています。

そして10秒もしないうちにシフトリーダーが大声で叫びます。

  • シフトリーダー:「観測情報によると、ルミノシティー(ビーム衝突頻度のこと)は1x10の27乗(1/cm2s)、重心系エネルギー 7 TeV」

いろんな国の、いろんな時代に生まれた人たちが、国も価値観も越えて同じ場所でこうして喜んでいるなんて、想像できますか!? アトラス実験は、戦争以外で人々が一つになれる希有の実験の一つなのです。
さて、ACR が歓声で沸きかえっている時、シフターは検出器の状態をすかさずチェックします。TGC には特に問題が見当たりませんでした、OK! そしてビームが止まるまでの残り1時間、ずっと安定動作をし、大役を果たしてくれました。これで、寝れます。

やっと、スタートライン

私たち実験物理屋にとっては、今日こそが スタートラインです。そしてこれから先の少なくとも10年は、疑いの余地なく実験主導期でしょう。実験屋にとって、これ以上ないエキサイティングな時代がやってくるのです。物理のフロンティアを楽しみましょう。

Restez à l'écoute !