LHC再開スケジュールのアップデート

 
 KEKの徳宿です。
 夏休みを取っていたので書き込みが遅くなりましたが、8月6日にCERNはプレスリリースを行い、LHCの再開スケジュールを発表しました。2009年11月にビームの入射を再開して、まず、入射エネルギーで衝突をテストを行ったあと、それぞれのビームを設計値の半分の3.5TeV(3兆5000億電子ボルト)まで加速して衝突させ実験を始めるという内容です。詳しくはプレスリリースの原文及び日本語訳を参照してください。どちらもATLAS日本の研究者向けホームページの理事会等報告ページからたどることができます。

ビームの入射を始めてから衝突にこぎつけるには約1ヶ月ぐらいの加速器の調整が必要と考えられていますので、今年中に何とか3.5TeV+3.5TeVでの衝突実験を始められるのではないかとわくわくしています。ヨーロッパは冬の電気代が高いので、CERNも11月には加速器の運転をやめるのが通常なのですが、今年は少しでも遅れを取り戻そうと、クリスマス時期にちょっと休みを取るだけで運転を続けて行きます。

このブログで前にLHCのスケジュールの話を書いたのは2月12日と大分前になります。いったいどうなっているのかと不思議に思っておられた方もたくさんあるのではないかと思いますので、長くなりますが少し経過を書いていきます。

昨年9月に起ったヘリウム大量流出事故が起こり、計画が一時ストップしているわけです。しかし、その損傷を受けた場所の修理自体はは順調に進みました。39台の超伝導双極磁石、14台の四重極磁石等を交換しましたが、この修理は6月までには完了しました。この分はほぼ昨年12月にたてた予定通りに進みました。

しかし、2月の時にも書いたとおり、このような事故が二度と起らないようにするために、二つの重要な対策を取る必要がありました。一つは、事故の初期要因(超伝導が破れた線材に過剰な電流が流れて線材が切れてしまう。)が起らないようにすることで、もう一つは万が一起ってしまった場合にも被害を最小限にくいとめる対策を取ることです。両方に対して何をどれだけやれば充分であるかを考え、議論し、実行に移すといういうのを短期間に詰めなくてはなりませんでした。いろいろな視点からチェックする必要のある項目がたくさん出てきて、きちんとしたスケジュールを言うことができなかった状態でした。(しかし状況は常に報告されており、それは先に挙げた理事会の報告を見れば、3月、6月の状況を詳しく見ることができます。) 8月上旬に最後の情報(あとで述べるように銅接続部の抵抗値分布)がわかり、現在ヘリウム温度に冷やしている加速器部分(セクター)を暖め直す必要が無いとわかったので、今回の発表になりました。

もう一つ、7月初旬に「新たなヘリウム漏れ」のニュースを聞いた人があるかもしれません。これは昨年9月に起ったような事故とは全く異なり、単なるヘリウムの接続部からの微小な漏れで、私たちはあまり気にしていません。ただし、その補修のためには部分的に常温に戻さないといけないので、これによりそれまでは9月には再開と思っていたのが2ヶ月ずれ込んで11月になってしまいました。その時点でブログで報告しなかったのは、銅の接続部の抵抗分布がスケジュールを左右する一番の鍵で、その結果が近々出る状況であったので、軽微な方だけ取り上げてもしょうがないと判断したためです。抵抗分布の方はこのまま3.5TeVでの衝突を行うのに支障ないという結果になったため、結果的にはこのヘリウム漏れの遅れが一番効いてしまいましたが、これは私たちにはうれしい方向に事態が転がったと思っています。

さて、「銅の接続部の抵抗」という、わけのわからないものを話に出していますが、いよいよそれについて説明していきます。でもそのまえに、まず超伝導線の接続抵抗の話からします。それが9月の事故の第一要因だったと考えられていますので。

LHCに使われている超伝導磁石はたくさんあります。例えばビームを曲げて27kmの周回軌道にするための双極磁石は、一つ一つが長さ14mという大きな物ですが、それが全部で1232台あります。磁石はグループにまとめられて直列につないで電流を流します。ということで隣同士の磁石から出てきた超伝導線同士をつながないといけません。その接続部は、(結構、複雑なのですが単純化して言ってしまえば)両方の磁石から出てきた平たい板のようになった超伝導線同士を重ねて半田づけしてあります。

9月の事故は、その接続がうまくいっていないところがあって、接続抵抗が高く、電流をどんどん増して行ったときにそこからの発熱で超伝導が破れ(「クエンチ」といいます)、それでも電流をすぐに切ることができなかったために接続部が熔け、そこから放電が起きて真空を保つ壁に穴が開き、大量のヘリウム流出になりました。

したがって、類似の事故を起こさないためには、すべての超伝導線の接続部の抵抗をもう一度測定し直し、悪いところがあったらやり直す必要がありました。この抵抗はナノオーム(10億分の1オーム)と非常に微小なのでこれをLHC加速器に設置された状態で測定するのは簡単ではありません。「クエンチ」を検出する回路を改良して、これができるようになりました。すべての超伝導線の接続部の抵抗の測定は昨年12月には完了し数ヶ所疑わしい接続があったので交換しました。(話をややこしくすると、見つかった「疑わしい接続」は結局磁石間の接続ではなく、磁石内部の接続でした。つまり、磁石の中で超伝導線を継ぎ足している所もあるのです。)

これで、事故の第一要因は取り除いたことになるかというと、実はこれだけでは不十分であることが指摘されました。それでようやく銅の接続抵抗の話になります。上の接続抵抗の検査により超伝導線がすべてきちんと接続されていることがわかりました。でも、超伝導磁石では、クエンチは(それほど頻度はないですが)いつでもどこでも起ると想定していないといけません。例えば、LHCのビームの一部が磁石に当たったりした場合にもビームのエネルギーが熱にかわり、温度が上がって超伝導が破れます。そのときにはどうすればいいでしょうか?

このクエンチが起ったときに電流を徐々に落として超伝導線が熔けない用にクエンチ防護システムが作られています。ここで、徐々に落とす間に超伝導線を保護するのがその周りを囲んでいる銅の安定材なのです。超伝導線が超伝導状態の時にはすべての電流がそこを流れます。しかしクエンチして超伝導線が抵抗を持ち始めると、それを囲んだ(超伝導でない)銅の部分により多くの電流が流れます。これにより線材の温度上昇を抑えることができます。クエンチが起ったときにどのぐらいの時間をかけて電流を0に落とせるかによって、銅の厚みを変えないといけません。早く0に落とせるなら周りの銅は少なくても大丈夫です。

さて問題は、磁石間の接続部では、この周りの銅も切れていて、それをつながないといけないわけです。もし接続部で(超伝導体はきちんとつながっていても)周りの銅が切れていたりすると、そこの部分では電流は超伝導線を流れることになり、超伝導線が溶けてしまう可能性が出てきます。従って、接続部では超伝導線だけでなく、周りの銅の安定材もきちんと接続していないと、昨年9月の事故と類似の事故が起る可能性が出てしまいます。(ただし、9月の事故との大きな違いは、9月の場合は超伝導線の接続なので、電流をある値に以上にすると必ず事故が起るのに対して、銅の接続の場合は「もしその近くでクエンチを起こした場合」だけに問題になります。とはいえ、だからといってほっとくわけにはいきません。)

銅の接続抵抗を計るのは実は単純ではありません。接続抵抗はマイクロオームと超伝導線の接続より1000倍大きいのですが、磁石が冷えていて超伝導線の抵抗が0の状態では銅の部分の抵抗は計れないのです。

LHC全体の磁石の内、半分(4セクター)は常温に戻っていました。この部分については6月までにすべての接続の測定を終えました。悪いところが何個かみつかったのでそれは接続をやり直しました。問題は残り半数の4セクター分の超伝導状態の磁石です。これらを常温に上げて測定すると、温度の上げ下げに時間がかかるためさらに3ヶ月は再開が遅れます。だからこの測定が、LHC再開時期を決める上で最大の要素になっていたのです。結局、ちょっと温度を上げて(絶対温度で80度)超伝導状態で無くなった状態で計る方法を採用しました。しかし、超伝導はやぶれても、金属は低温では抵抗はどんどん小さくなるので、接続抵抗を精度よく計るのは難しい作業です。

まず6月に一つのセクターで測定を行いました。1ヶ所疑わしい接続が見つかりました。しかし、低温での測定は難しいので、本当に思ったとおりの精度で測定できているか確認する必要がありました。このためこのセクターを暖めて常温に戻し、常温での測定と比較することにしました。その結果が7月上旬にわかり、精度が確認できました。これで、残りの3セクターは低温で測定すればいいことになりました。でも、ここで非常に悪い接続が見つかった場合は、そのセクターを常温に上げて修理しなくてはならず、3ヶ月の遅れになります。測定結果が出るのを、実験グループみんなが心配しながら待っていました。

8月初めに3セクターの測定が終わり、その結果3.5TeVのエネルギーであればこれらの3セクターのすべての銅の接続は十分に安全な抵抗範囲にあると言うことがわかり今回のスケジュール発表になりました。

なおこの測定をするに当たって、絶対温度80度まで温度を上げる作業を行っているところで上記の軽微のヘリウム流出事故が起きました。

以上が、2月から報告をしてこなかった弁明ですが、なかなか発表できなかったのもしょうがないとサポートしていただけるでしょうか?もっと詳しい話を絵付でみたいという人は(英語になりますが)CERN加速器の総責任者のSteve Myers氏がCERNで行ったセミナーのスライドとビデオをご覧ください。いずれにしても、LHC及びそこでの実験で起っていることは、このブログでこれからもきちんと報告していきたいと思います。

 本当は、もう一つの対策、つまり、事故が起らないようにしても、万一起ってしまった場合に被害を最小限にする対策に関しても話さないといけないのですが、すでにかなり長くなってしまったので、それはまたの機会にします。理事会の報告にはその辺もちゃんと書いてありますので、待てない人はそちらを見てください。